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金沢地方裁判所 昭和53年(行ウ)3号 判決 1981年3月06日

原告 吉田恵子

右訴訟代理人弁護士 梨木作次郎

同 菅野昭夫

同 加藤喜一

同 水津正臣

同 鳥毛美範

被告 小松市長 竹田又男

右訴訟代理人弁護士 田中武一

主文

一  被告が原告に対し、昭和五二年三月三一日付でなした保育所長の任を解く旨の処分を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和三一年九月より地方公務員である小松市の保母の職にあり、昭和四五年四月から同市立月津保育所に勤務し、昭和四八年四月同保育所長に任命されたものである。

2  原告は、被告から、昭和五二年三月三一日付で所長を解任し、これに引き続いて同保育所施設担当を命ずる旨の処分(以下本件処分という。なお、施設担当は同年五月一日付で解かれた。)を受けた。

3  しかし、本件処分は次の(一)ないし(三)の理由により違法である。

(一) 本件処分は、地方公務員法二七条二項にいう降任処分であるところ、同法所定の事由がないのに、原告の意に反してなされたものであるから、同条項に違反し違法である。すなわち、

(1) (保育)所長は、所務を掌理し、職員を指導監督する職務を有し(小松市保育所条例五条一項)、かつ保育所における唯一の管理職員とされている(同市管理職員等の範囲を定める規則)。

(2) 一方施設担当なるものは、小松市の条例になんらの定めもないのみならず、原告以外に何びともこれを命ぜられた者はなく、保育所を管轄する同市児童課の課長の説明によると、その職務内容は、保育所建物の内装の色彩研究、同建物周辺の整備等であるとされるものの、原告担当中なんら具体的な仕事又はその指示はなかったものであって、要するに、不必要な名目だけの職というべきものである。これらのことに照らすと、施設担当は、結局保育所の一職員の域を出ず、職制上所長の下位に属するものというべきである。

(3) してみれば、本件処分が降任にあたることは明らかである。

(二) 仮に、本件処分をなすにつき地方公務員法所定のなんらかの事由が存したとしても、本件処分は、原告が被告の数次にわたる退職勧奨を拒絶したことに対する報復としてなされたものであるから、同法二七条一項の公正の原則に反してなされた違法なものというべきである。

(三) さらに、本件処分は、実質的に、地方公務員法の禁ずる定年制を導入しようとするものであるから、同法に反し違法である。すなわち、

(1) 被告は、小松市職員のうち一定の年令に達した者を対象として、制度的に退職の勧奨を実施し、これに応じた者には優遇措置を講じ、応じない者にはその後各種の不利益措置を課している。

(2) 右は実質的に定年制を導入することにほかならないところ、本件処分は、(二)記載のとおり、退職勧奨の拒絶に対する不利益処分として行なわれたものであるから、地方公務員法の定年制禁止の趣旨に反し違法である。

4  よって、原告は本件処分のうち所長解任処分の取消を求める。

二  請求原因に対する認否及び反論

1  請求原因1、2の事実は認める。

2  同3(一)冒頭の事実は否認し、違法であるとの主張は争う。

同3(一)(1)の事実は認める。

同3(一)(2)の事実中、原告担当中なんら具体的な仕事又はその指示がなかったこと、施設担当が不必要な名目だけの職であること、これが保育所の一職員の域を出ず、職制上所長の下位に属するものであることは否認するが、その余の点は認める。

同3(一)(3)の主張は争う。

3  同3(二)のうち、本件処分が報復のためになされたことは否認し、本件処分が違法であるとの点は争うが、その余の点は認める。

4  同3(三)冒頭の主張は争う。

同3(三)(1)の事実は認める。

同3(三)(2)の主張は争う。

三  被告の主張

1  本件処分は、降任処分ではなく、所長職を解いて同位の職たる施設担当に転任せしめたものにすぎない。

すなわち、

(一) 小松市では、昭和四八年度以降、三等級(小松市一般職の職員の初任給、昇格及び昇給等の基準に関する規則、別表第一ア行政職給料表等級別標準職務表の職務の等級をさす。以下同じ。)の保母の中から適任者を所長に任命することとし、原告も同等級の保育所長であった。

(二) 他方、施設担当は昭和五二年四月に新設された職であるが、これも三等級である。すなわち、小松市では、近時、長時間保育、乳児保育、障害児保育の要請が高まってきているところ、ジェット機騒音の補償として防音園舎の建設が進められることになり、従来と異る保育のあり方と、新しく出来る園舎の設備とをどのように調和させるかについて、総合的に検討する必要が生じた。そこでその対策として、昭和五二年四月施設担当職を新設し、三等級の職員をこれにあて、園舎新築中の保育所に配置し、(1)保育室、乳児室、遊戯室の構造、設備、色彩、採光、換気等、(2)給食室の設備、採光、換気等、(3)便所の位置、構造等、(4)除湿装置、(5)遊具の選択、配置等の調査、研究と指導とに専念させることにしたものである。そして、たまたま月津保育所は防音園舎改築中であったので、原告を同保育所の施設担当に任命したものである。

(三) しかして、所長及び施設担当は、いずれも各保育所に配置されるものであるが、ともに保育行政に従事するところの児童課長を直属の上司とする職であり、所長と施設担当の間には上下の関係はない。

(四) 以上のとおり、所長及び施設担当は、いずれもその職務が三等級で同格であり、職制上も上下の関係に立つものではない。

2  地方公務員については定年制が設けられていないので、地方自治体が職員の異動を計画的に行なうためには、勧奨による退職を実施する必要があり、小松市は、職員組合との話合に基づき、毎年勧奨退職実施要領を定めて退職の勧奨を行なっている。原告は、昭和五一年六月に右実施要領に定める保母の退職勧奨対象年令(五二才)に達したので、被告は、昭和五二年一月から原告に対し退職を勧奨したが、原告の了解が得られなかった。しかし、被告は、すでに原告が勧奨に応じて退職するとの前提の下に人事の異動計画を作成済みであって、右異動を円滑に推進する必要があり、かつ原告自身が再度の勧奨に応じやすいような職に配置換する必要もあった。そこで被告は原告に対し本件処分を行なったものである。以上のとおり、原告に対する本件処分は、退職勧奨拒絶の報復として行なわれたものではない。

3  定年制は、職員が一定年令に達することにより、当然に雇傭関係を終了させる制度であるのに対し、退職勧奨は、雇傭契約合意解約の申入ないし誘引に止まり、当然には雇傭関係を終了せしめるものではないから、実質的にも形式的にも定年制とは異る。

また、勧奨を拒絶した場合の不利益措置は、職員組合との話合の下に定められたものであり、このような不利益措置を課するからといって、退職勧奨が実質的に定年制を導入するものとみなすのは当を得ないものである。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1(原告の経歴)及び2(本件処分の存在等)の事実は当事者間に争いがなく、本件処分が原告の意に反してなされたものであることは弁論の全趣旨からみて明らかである。

二  そこでまず、本件処分が地方公務員法二七条二項にいう降任処分にあたるかどうかについて検討する。

ところで、同条項にいう降任とは、職階制が実施されていない地方公務員については、職務の等級が下ること、これが同等だとしても、職制上、上下の別が判定できる上位の職から下位の職に下ることをいうと解すべきである。しかして、前記争いのない事実関係によれば、本件処分は、所長職を解く処分と施設担当を命ずる処分との二処分が若干時を異にしてなされたやにうかがわれるものの、右は引き続いてなされた一連のものと解されるので、これを一体のものとして考察すべく、要するに、本件処分が右の降任にあたるかどうかは、所長職と施設担当との間に職制上、上下の別があるかどうかを判断することによって明らかにすべきものと解するのが相当である。

1  《証拠省略》を総合すると、以下の事実が認められ、この認定をくつがえすに足りる証左はない。

(一)  小松市保育所条例(以下条例という。)は次のとおり規定している。

(1) 保育所に次の職員を置く(四条一項)。

所長

保母

嘱託医

調理士

(2) 市長は必要と認めたときは、前項の職員のほか、用務員その他の職員を置くことができる(四条二項)。

(3) 所長は、市長の命を受け、所務を掌理し、職員を指導監督する(五条一項)。

(二)  さらに、小松市管理職員等の範囲を定める規則(公平委員会規則)において、地方公務員法五二条三項ただし書の管理職員等として指定されているのは、保育所においては所長だけである。

なお、所長の職務の等級は三等級である。

(三)  他方、施設担当は、昭和五二年四月ころ、条例四条二項に規定する「用務員その他の職員」として新設された保育所の職員であり、園舎新築中の保育所に配属され、新築園舎の内装の研究、園舎周辺の整備、役所や建設委員会あるいは地元との連絡等を職務内容とするものであって、職務の等級は三等級であるが、みずからが指導監督すべき職員はない。なお、施設担当については、条例等に直接にはなんらの定めはなく、本件処分中、所長を解任する処分については書面によりなされたものの、施設担当を命ずる処分については口頭でなされたものである。

(四)  さらに、右の施設担当の職務とされるものは、それまで、小松市児童課の職員が担当していたものであるが、施設担当新設以来今日に至るまで、これに任命されたのは原告ただ一人であり、その在職期間も、昭和五二年四月一日ころから同月三〇日までと短かく、かつ、その間施設担当としてはなんらの仕事も与えられていない。

2  なお、右認定のように、従来児童課職員が担当していた職務につき、施設担当という職員を新設してこれにあたらせるようにしたことの合理的理由ないし必要性については、本件証拠上必らずしも明らかとはいえないし、施設担当の地位の性質、職務内容の詳細等についても、右認定以上には確認しがたいものである。

3  右事実関係等に照らすと、施設担当が所長の指導監督を受ける立場にあることは条例上明らかというべく、その他の事情をも合わせ考えると、職制上、所長の方が施設担当より上位の職であるといわなければならない。

してみれば、右両者の職務の等級は同等であるけれども、本件処分は、職制上、上下の別が判定できる上位の職から下位の職に下らしめたものとして、地方公務員法二七条二項の降任処分にあたるということができる。

4  もっとも、被告は、所長と施設担当はともに児童課長を直属の上司とするものであり、両者の間に職制上の上下の関係はない旨主張し、《証拠省略》中にもこれに沿う部分がある。

しかし、《証拠省略》部分は、前記認定事実及び前掲《証拠省略》によって認められるところの、小松市児童課長が昭和五二年四月四日月津保育所において、原告に対し所長解任の辞令書を交付する際、同保育所の全職員を集め、原告の職務は施設担当であり保育所では一番下である旨を説示した事実に照らし、到底採用することができないものである。

他に本件処分が降任処分であるとの前記認定をくつがえすに足りる証拠はない。

三  そして、本件処分に関する地方公務員法二八条一項各号所定の事由の存在については、なんらの主張、立証がない。

してみれば、本件処分は地方公務員法二七条二項に違反する違法なものであるというべく、原告の本訴請求はこの点において理由があるから認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤邦晴 裁判官 佐藤久夫 瀧澤泉)

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